坐禅で貯金2000万

坐禅を始めて貯金がみるみる増えていく。実体験を様々にお伝えします。

消えた虚無僧の画像:こむそう

こんにちは。

 

虚無僧祭(こむそうさい)をご存知でしょうか。

 

籠のような笠を被った虚無僧が尺八を吹きながら境内を練り歩く行事です。

 

そもそもですが、虚無僧(こむそう)とは、禅宗の僧侶(そうりょ)の一種です。頭から被った次の画像の籠のような笠「天蓋」が特徴的です。

どうした事か、その時に撮影した画像が全てiphone内から無くなっていました。。。撮影してはいけないものがあったのでしょうか。。。ブログに投稿するのをどうするか迷いましたが、どなた様も一度は目の当たりにする凄みのあるお祭りなので、記載させていただくことにしました。

 

もう4年ほど前になると思いますが、私が赴いたのは、富山県にある臨済宗国泰寺派の国泰寺(こくたいじ)です。

http://kokutaiji.info/index.html

虚無僧祭の名で知られますが、正確には開山忌(かいざんき)とされ、国泰寺派を開いた禅師に対する法要です。

それで、虚無僧は何をするかというと、尺八を奏上し境内の数カ所を練り歩きます。

 

虚無僧はビジュアル的にインパクトがありますが、集団で尺八を演奏して歩く姿を目の当たりにすると、これはまさにアメイジングです。

人によっては、怖い!と思うでしょう。

 

そもそも名前に「虚無(きょむ)」とあり、凄みを感じます。空や無を想像することから、やはり禅の世界観を思わせます。

 

尺八の音色など普段聞く機会はありませんが、どこか優しく哀愁を感じます。

 

虚無僧さんの中には、慣れていなくて何度も演奏を中断している人もいました。これもリアルですね。

 

この国泰寺さんの開山忌(虚無僧祭)は例年6月2日、3日に行われています。一般の人も特に予約なくお参りできます。一般的には土日が重なれば参加しやすいですね。

 

さて、国泰寺は修行が厳しいお寺としても知られています。

かつては不良少年を受け入れる更生の場ともされていました。不良少年たちは、寺で寝泊りし、朝のおつとめ(坐禅、粥坐)を終えてから普段の学校へ行き、授業が終わるとまた寺に戻り、おつとめを行ったのだそうです。北陸は雪国です。真冬に寺に預けられた生徒は極寒の寺のせんべい布団で、それはとても厳しい思いをしたそうです。にもかかわらず、懲りずに何度も寺送りになった生徒もいたというから‥若さって凄いですね(笑)

 

虚無僧祭、ご興味ありまりましたどうぞ。

お読みいただきありがとうございました。

svklimkinによるPixabayからの画像

 

「自然流子育て」はせくらみゆき

こんにちは。

参考になった書籍をご紹介させていただきます。

「試して選んだ自然流子育てガイド」はせくらみゆき

 

著者のはせくらみゆきさんは画家、作家、雅楽歌人、一般社団法人あけのうた雅楽振興会代表理事、株式会社アートシンフォニー所属という多くの肩書きを持つ多彩な方です。近年ではyoutubeチャンネルも解説しておられ、精神世界へのアプローチもされています。そのはせくらみゆきさんが、20年以上前にご自身の子育て体験を通じて学んだ子育てのノウハウをまとめた書籍です。本書の中で私が学びだと感じた箇所をいくつか列記します。

 

「あらゆることは全て皆、もっと良くなるために起こっていることで必要必然。それはその人が更なる成長を遂げるために、繋がっている他の生命と協力しながら、自らの意思の深い部分で起こしていることなんじゃないかな」

 

(子供に)「~して(出来て)良かったね」ではなく「ママは~で、嬉しいなあ」というように自分の感情を伝える。また、「~はダメ!」と禁止するのではなく、「~されると悲しいなあ。だって~なんだもん」と気持ちといやな理由を伝えると、案外子供はしなくなるみたい。家のお手伝いも、「~しなさい」から「~してくれると嬉しいなあ」に変えるだけで随分といやがらずにやってくれるようになり、自主的にするようにもなった。やっぱり皆、人の喜ぶ顔を見ると嬉しいんだね。

 

わらべうたって、親子の絆を深めるごきげんなヒーリング・ミュージックだよ。

種類としては、手遊びやくすぐり遊び、鬼ごっこ、子守歌、集団での遊び歌などなど実にたくさんのバリエーションが揃っている。我が子の成長や興味に合わせて、始めに親の声でうたってあげると子どもは安心して、さらなる興味がわいてくるみたい。



私は目下幼児の子育て世代中なので、ときどき子育て本を本を読むのですが、はせくらさんの視点は独特なものを感じました。専門家視点というよりは、知り合いの子育ての先輩から教えてもらっているような感覚を覚えました。

確かに、子供であっても人から喜んでもらったら嬉しいらしく、「~してくれると嬉しいなあ」は時々活用しています。また、わらべうたはけっこう子どもと歌うといいものだなと再確認しました。

 

今回は坐禅とは接点の無い内容かもしれないのですが、子育ては広義の投資だという事もあり、記載させていただきました。

以上、お読みいただきありがとうございました。

UnsplashのRobert Collinsが撮影した写真

瞑想は長く習慣にすればするほど効果が出る|池田貴将

こんにちは。

今回は参考になった書籍を紹介させていただきます。

 

タイムマネジメント大全」池田貴将

 

自己啓発作家によって、どう時間を有効活用するかについて書かれた書籍です。

 

本書の中でとても印象に残った記述がこちら

 

「瞑想の経験年数が長い人ほど不安感が少なく、物事に対する集中力が高い」

というものです。これはハーバード大学の実験によるものという事なのです。

 

また、こうも記載されています。

猫背になると肺活量が30%も低下してしまうことがわかっており、酸素不足によって脳の認知機能が落ちてしまうのです。

 

こうした事もあり、坐禅で背筋を伸ばして深い呼吸をとる坐禅は効果的だとも思われます。

 

瞑想が、タイムマネジメントの視点からもパフォーマンスを発揮するという事はやはり素晴らしいギフトです。



また、本書には他にも素敵な記述があります。

 

「やりたいこと」がわからなかったり、そもそもどういう未来を描きたいかが分らなくなってしまうこともあるでしょう。そんなときは、6つの要素に絞り込んで個別に検討すると現在地がわかりやすくなります。

1:健康

2:感情

3:人間関係

4:時間管理

5:仕事・キャリア・ライフワーク

6:財務・お金

 

BOOKSCAN (https://www.bookscan.co.jp/)

蔵書を送ると、スキャンしてPDF化してくれるサービス

 

|4つのステップで自分を操る

→1 とにかく「1歩目」を踏み出す

→2 いつ、どこで、何をするか」を具体的に書く

→3 手順を明らかにして簡単なサイズに分ける

→4 目的を明らかにする

 

|苦手なことでも続く工夫

スキルアップの為にやっている」と考えるようになるとやる気がでます。

 

|脳は一度にひとつのことしか考えられない

私たちはどちらも脳の前頭前野を使うような2つのことには、同時に取り組むことができないのです。

 そのうえ、タスクからタスクへと切り替える際には、集中力を取り戻すまでに平均約25分かかり、脳のエネルギーをかなり消費してしまうことがわかっています。

(中略)

1つのタスクに没頭すれば、「フロー状態」と呼ばれる深い集中状態が生まれやすくなり、ふだんより能力も高まり、心理的にも充実感が得られることがわかっています。



私などは普段、あれもやって、これもやって、と仕事中に多くを同時にやってしまっていました。けっか、記憶もあいまいになったりミスがでるケースも思い当たります。これは、ひとつひとつ集中して。という禅の教えにも通じるものです。いまいちど学びになりました。

 

以上、ご参考になりましたら幸いです。お読みいただきありがとうございました。

UnsplashのDjim Loicが撮影した写真

禅語|春来草自生

こんにちは。

すっかり春となりましたね。こんな季節に関する禅語をとりあげさせていただきます。

 

春来草自生 (はるきたりて くさ おのずからしょうず)

 

春になると、何もせずとも草花が芽生えてくる、万物は全て然るようにできていて、人間の計らいなどは関係が無いという意味です。

 

時を待てばよい、焦る事はないし、不安にもならなくて良い。

自分らしく生きていい。

気長に物事を続けていればそのうち自然と事は成る。

 

そう励ましてくれる素敵な禅語だと、じみじみ思います。

 

こうした事を、当ブログ的に考察しますと、このような事でしょうか。

・あまり深くは考えず坐禅を続けてみたらいい。

・あまり未来を心配せず、今日できる事をやっていけばいい。

・できる範囲でコツコツ貯金をしていれば、やがては大きな額となる。

過大解釈しすぎでしたらすみません。きっと心地よい春のせいです笑

 

さて、暖かくなってきたこの時期は、坐禅を始めるにはとても良い時期です。

ぜひお気軽に坐ってみていただければと思います。

何も考えないように坐っていても、鳥の声が聞こえてきたり、静かな春の雨音を感じたりと、ふと心が喜ぶような瞬間もあるでしょう。

 

以上、何かのご参考になりましたら幸いです。

photo by unsplush-Aniket Bhattacharya

 

「嘘は嘘であると見抜ける人でないと…」ひろゆき

こんにちは。

参考になった書籍をご紹介させていただきます。

「叩かれるから今まで黙っておいた「世の中の真実」」ひろゆき 三笠書房

 

ひろゆきさんが、大手メディアがほとんど語る事のない世の中の不都合な真実について書いた書籍。

本書の中で私が学びだと感じた箇所をいくつか列記します。

 

・(企業で)よく、「優秀な人材が来てくれない」という声を耳にします。優秀な人たちは自分を正しく評価してくれる職場か、業務の対価をそのまま収入として得られるフリーランスを選んでいるのでしょう。いまだに年功序列などの古い制度をそのまま採用している企業には見向きもしないはずです。

 

僕らが生涯手にできる報酬は、能力よりも「何をやったか」「どこで始めたか」で決まる。

 

・2020年にランサーズが行った「フリーランス実態調査」によると、フリーランスで働く人は1034万人と、労働人口の15%を占めています。

 

子供に何かをやめさせようと思ったときに、禁止するのは逆効果なのです。

これを心理行動学では「カリギュラ効果」と呼びます。

 

確かに、大っぴらにテレビなどが報じるわけにはいかないような内容だと感じます。そして、残念な真実も多くありますが、なぜか面白い本だなと思ってしまいました。

 

さて、当ブログの観点で考えると、嘘を見抜く力は、幾分か坐禅によって養うことができている様に感じています。なんとなく…ではありますが、坐禅をする事で、いつも適度な冷静さを保てるというか、俯瞰した目で物事を見れるようになるというか、そんな感覚です。

 

それにしても不都合な真実、面白さを感じました。

 

以上、お読みいただきありがとうございました。

UnsplashのTingey Injury Law Firmが撮影し



六波羅蜜とは

こんにちは。

 

六波羅蜜(ろくはらみつ/ろっぱらみつ)とは、菩薩が行う代表的な六つの実践徳目です。

 

布施(めぐみほどこすこと、思いやりの心)

持戒(いましめまもること、威張らない)

忍辱にんにく(たえしのぶこと)

精進(つとめはげむこと)

禅定(しずめたもつこと)

般若智慧、さとりめざめること)



上記、どれもこれも素晴らしいと思います。もちろん私もなかなかできる事ではありません。世界中の全ての人が六波羅蜜を体得すれば、どれだけ平和な世となるでしょうか。

 

六波羅蜜における禅定とは、精神を統一し心を一定にたもつこと、またはその状態を持続させることをいいます。

 

そして、坐禅は、禅定を実践するための具体的な修行形態の一つです。坐禅によって、心身を安定させ、集中力や洞察力を高める効果があるとされています。

 

坐禅をするときに意識することは、呼吸や身体の感覚です。坐禅を始める前に、深呼吸をして、心身をリラックスさせることが大切です。坐禅中は、呼吸に意識を集中させ、自分の呼吸を感じるようにします。坐禅は、心身を安定させ、集中力や洞察力を高める効果があるとされています。

 

くどくど書きましたが、坐禅を行うことで、精神が安定し、他の六波羅蜜の項目である、自戒、忍辱などにも通じていくように思います。

 

坐禅についての効能については多く語られています。

睡眠改善、仕事の効率化、生活環境が整う など。

そうした点からも坐禅はおススメです。ぜひ、気軽にご自宅で坐ってみてください。

 

お読みいただきありがとうございました。

 

UnsplashのDavid Beckerが撮影した写真

 

登山=禅定

こんにちは。

 

「禅定(ぜんじょう)」という仏教用語があります。

坐禅や瞑想において、精神を集中し雑念を払った状態です。単に「禅」とも言われ、自我を無にすることで、おおいなる智慧を得るともされています。

 

私はここ最近、この「禅定」が登山の意味もある事を知りました。登山を嗜む私としては、これは、なかなか衝撃でした。

 

なんでもその昔、霊山と呼ばれる山々では山岳信仰が起こり、登山自体が修行とされ、「禅定」「禅定道」などと呼ばれるようになったそうです。

例えば、石川県の白山、富山県立山山口県の禅定寺山があるそうです。

もちろん、現代においても山岳信仰修験道というものは連綿と続いていますし、私も山々に神々しいものを感じています。

 

そんな事も知らず、私は若き日に白山も立山も登頂した経験があります。趣味として行っている登山ですが、どうやら知らず知らずのうちに、登りながら「禅定」に近いことをしていたようです。

 

思えば確かに、登山をしている最中は、だんだんと疲れや息切れ、高山では酸素濃度の低下もある為でしょうか。半ば朦朧とした経験もあります。そして、思考がだんだんと「今この瞬間」になってくる感覚があります。なんとなく「無」にも近く、今ただ、山登りをしている自分の肉体がある。そんな感覚でしょうか。

 

かつての先人たちは、今ほど整備されていない登山道を、今ほど頑丈な登山靴などの装備が無い状態で極限に近い意識の中で登山をしていた事でしょう。それが「禅定」と呼ばれる事に、頷けるものがあります。

 

「登山好きにわるい人はいない」というのも関連があるかもしれないです(笑)

 

さらに深堀すると、さらにいくつもの禅定のルートやスポットがあるようです。

 

□白山の禅定道は3つのルート

・加賀禅定道

・越前禅定道

・美濃禅定道

<参考ページ>

http://www.shirayama.or.jp/hakusan/belief02.html

 

立山の六禅定

・渡り禅定

・鎖禅定

・地獄禅定

・極楽禅定

・走り禅定

・石積禅定

<参考ページ>

https://rambling.jp/tateyamashiko/

 

登山愛好者にとっては、様々な切り口で山が楽しめるかもしれません。



「登山=禅定」という事を知った今、私にとっての今後の登山は意味合いが少しちがってきます。

 

以上、お読みいただきありがとうございました。

UnsplashのMike Towersが撮影した写真



https://the-zen.hatenablog.com/